slide1
Download
Skip this Video
Download Presentation
『 障害受容再考 』 ~障害の価値 / 自由、リハビリテーションの意義、セラピスト-クライエントの関係~

Loading in 2 Seconds...

play fullscreen
1 / 100

『 障害受容再考 』 ~障害の価値 / 自由、リハビリテーションの意義、セラピスト-クライエントの関係~ - PowerPoint PPT Presentation


  • 58 Views
  • Uploaded on

『 障害受容再考 』 ~障害の価値 / 自由、リハビリテーションの意義、セラピスト-クライエントの関係~. 平成22年度 奈良県作業療法士会 教育部研修会 20100920 於: 奈良県社会福祉総合センター 5 階研修室A 吉備国際大学保健科学部作業療法学科 田島明子 . 自己紹介. 作業療法士として働いて 17 年(臨床 15 年、教育 2 年目) 東京都心身障害者福祉センターで8年 → 「障害受容・障害理解が悪いから一般就労にこだわる」? ・ 社会学との出会い → うまく説明できない不快・違和感に言葉を与えてくれるのではないかという期待感

loader
I am the owner, or an agent authorized to act on behalf of the owner, of the copyrighted work described.
capcha
Download Presentation

PowerPoint Slideshow about '『 障害受容再考 』 ~障害の価値 / 自由、リハビリテーションの意義、セラピスト-クライエントの関係~' - tamesis


An Image/Link below is provided (as is) to download presentation

Download Policy: Content on the Website is provided to you AS IS for your information and personal use and may not be sold / licensed / shared on other websites without getting consent from its author.While downloading, if for some reason you are not able to download a presentation, the publisher may have deleted the file from their server.


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - E N D - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
Presentation Transcript
slide1

『障害受容再考』~障害の価値/自由、リハビリテーションの意義、セラピスト-クライエントの関係~

平成22年度 奈良県作業療法士会 教育部研修会

20100920

於:奈良県社会福祉総合センター5階研修室A

吉備国際大学保健科学部作業療法学科

田島明子 

slide2
自己紹介
  • 作業療法士として働いて17年(臨床15年、教育2年目)
  • 東京都心身障害者福祉センターで8年

→「障害受容・障害理解が悪いから一般就労にこだわる」?

・ 社会学との出会い

→うまく説明できない不快・違和感に言葉を与えてくれるのではないかという期待感

・ 東洋大学の修士課程へ-障害者の就労を研究テーマに選ぶ

→障害を持つ当事者が望む就労のあり方とは?

→http://www.arsvi.com/2000/030900ta.htm

slide3
本の章立て

 第一章 なぜ「障害受容」を再考するのか …1 第二章 日本における「障害受容」の研究の流れ …13 第三章 「障害受容」は一度したら不変なのか …37 第四章 南雲直二氏の「社会受容」を考える …61 第五章 臨床現場では「障害受容」はどのように用いられているのか …95 第六章 「障害受容」の使用を避けるセラピストたち …113 第七章 教育の現場では「障害受容」をどのように教えればよいのか …131 第八章 「障害受容」から「障害との自由」へ――再生のためのエネルギーはどこに? …147 補遺 …187 おわりに …205

slide5
問題意識の所在

問題設定:

 作業療法士というリハビリテーションの援助職として、対象とする人たちの「存在価値」のための規範・倫理をどう設定し、どう理論枠組みに組む込むか。

↓入口・導入として

研究目的:

  これまでのリハの位置、内在価値のおかしさを、「ひとの価値」「存在価値」という観点から指摘する

slide6
作業療法における内在価値(歴史的流れ)
  • 理学療法士法および作業療法士法
  • 「作業療法の核を問う」(1975-1989)

ー第9回OT学会「私の考えるOT」(1975)

ー第20回(1986)、第21回(1987)、第23回(1989)OT学会「作業療法の核を問う」

・ 佐藤剛,1992,四半世紀からの出発-適応の科学としての作業療法の定着を目指して-,作業療法11,PP8-14.

・ 人間作業モデル、カナダ遂行作業モデル

slide7
作業療法の内在価値
  • 「適応」概念

 →「人間と環境の相互作用」に着目

 →「人と環境が調和している状態」が良い状態

・ 2つの働きかけ:「回復モデル」と「代償モデル」

→「回復モデル」:不十分な能力を向上させる

   「代償モデル」:不十分な能力のままでもできる

 →「障害」を、本人の機能をよくしたり、周囲との関係の調整により、解消していこう

 ↓対象者にどのような変化を期待?

「障害」によって生じた環境・社会との不調和を、「障害」をなくす、解消することで「調和した関係」にしていこう

○肯定的価値:できること、適応状態

●否定的価値:不調和な関係を生じさせる「障害」=できないこと

slide8
障害者の就労の3つの位相

対象:

   一般就労、福祉的就労、共同事業所、   ピアカウンセラー(資料①)

分析方法:

    これら就労形態が「能力主義」(資料②)とどのような位置関係にあり、「障害」をどのように価値づけているかを分析軸、特徴を浮き彫りに

slide9
結 果

1 能力主義の肯定/障害の無化・否定

・「一般就労」「福祉的就労」

・リハビリ(回復モデル・代償モデル)、障害者の就労支援

2 能力主義の否定/障害の肯定

・「共働事業所」

3 能力主義への対抗/障害への積極的な価値付与

・「ピアカウンセラー」(資料③)

slide10
ひとの価値と作業療法ーーリハへの問題提起

1 何を支援の上位概念に持ってくるか

存在の価値より上位に「能力主義」を肯定し、「できること」をよいとする価値を持ってくるべきではない

2 「適応」概念への問題提起

「適応」概念は「能力主義」的価値観と共鳴しやすく、容易に価値の逆転が生じるからよくない。つまり、「適応的」であることに価値が置かれるので、何への適応が求められるかで、人の価値の在処が変動するから

→ リハは、対象者の価値の肯定から出発し、自由のために何ができるかを考えるのが本業では?

  「適応」概念は再考を要する

slide12
対象

・作業療法・理学療法を中心とした学術雑誌

→①障害を有する本人、②肢体・精神機能の障害③中途障害、に着目

・論文形式:論考、研究論文、総説、実践報告、短       報の体裁を持つもの

・雑誌名:『総合リハビリテーション』『リハビリテーション医学』『作業療法』『理学療法』『作業療 法ジャーナル』『理学療法ジャーナル』『理学療法学』『理学療法と作業療法』

slide13
方法
  • 言説の変遷の特徴を明確にできるよう、1970年代、1980年代、1990年代以降という時代区分を行った
  • 1970年代・1980年代:各雑誌からの文献を年代ごとに1つのまとまりとし、さらに内容が類似していると思われるものを分類し、その分類を説明する題目をつけた
  • 1990年代以降:「新しさ(従来にはない知見であること)」、「批判性(従来の知見に対して何らかの批判をしている)」があると判断された文献についてのみ、上記と同様の方法で分類を行い、その分類を説明する題目をつけた
slide14
結果1 1970年代

① いろいろな定義

② リハビリテーション実施のための『障害受容』

③ 段階理論の紹介、段階理論を根拠づける研究

④ 『障害受容』を促進する個人要因、障害を持つことの心理的特性への関心

⑤ 専門職の役割の検討、検査法の開発

slide15
結果2 1980年代

① 、③ 「価値転換論」と「段階理論」の融合、『障害受容』の定義の確立

② リハビリテーションの目標・目的へ

④ 個人要因から訓練スタッフの関わりや環境要因へ着目

⑤ 様々なアプローチ法の登場、心理的アプローチの効果の前提性

slide16
結果3 1990年代以降

① 潜在化している場合もある

② 「QOL」「障害告知」「自己決定」概念との連結

③ コミュニティ(共同体)における援助の必要性

④ 「リカバリー」概念の紹介

⑤ 段階理論、モデルへのあてはめへの批判

slide17
考察2つの確証
  • 1970年代、1980年代

→①「障害受容」の定義の確立

   ②「障害受容」の促進要因:個人要因→環境要因へ

   ③リハビリテーションの手段から目的へ

   ④専門職の役割検討→効果の確証性へ

↓臨床現場への影響力とは?

2つの確証だったのではないか?

1 「障害受容」が支援の対象である(すべき)

2 「障害受容」は支援できる

slide18
考察2つのアプローチの価値設定の違い

「回復アプローチ」と「代償アプローチ」

価値設定が異なる(価値転換を要する)

回復:正常な身体 ←→代償:自立的に生活が行える

治療者:「社会適応」概念によって一貫性を持つ

  対象者:身体回復への期待ある、その価値転換は容易      ではない

「移行困難性」=「障害受容」

上田[1980](「段階理論」「価値転換論」融合)

「回復アプローチ」-「障害受容」-「代償アプローチ」

slide19
考察1990年代以降 異議申し立て

① 潜在化している場合もあるという知見

→「訓練の流れ図」には顕在化しない「障害受容」問題がある

② 「QOL」「障害告知」「自己決定」という概念の投入

→「訓練の流れ図」には適合しない難病ゆえに表象できた「障害受容」問題を明らかに

③ (代償アプローチではなく)コミュニティに基づく援助の必要性

→「訓練の流れ図」を解体しようとする試み

④ 「リカバリー」概念の紹介

→新たな概念を提示、「訓練の流れ図」の一環としての「障害受容」を批判

⑤ 段階理論、モデルへのあてはめの批判

→対象者の「固有性」に目を向けることの必要性を指摘

slide21
はじめに
  • 「障害受容」は一度到達できればその後は不変なのか。一度、肯定的自己像が形成されたならそれは永続するものなのか。それが揺れ動くとすればそれは何が起因しているか。
  • 中学校・高校時代に徐々に視覚障害が進行し、大学生時に光がわかる程度となった男性の障害と生をめぐる「語り」から、「自己肯定感の形成」「羞恥感情の揺れ」に注目し、上記の疑問に対する回答をみつける。
slide22
インタビュー対象と方法

・対象

 *視覚障害を有する知人の男性Aさん

◇大学院在学中、28歳(当時)

    ◇先天性黒内障により、学童期に徐々に目が見えづらくなり、

高校生の時にほとんど見えない状態になった

・方法

「ご自身の障害を取り巻く様々なことについて聴かせてほしい」とインタビューを依頼したのみで、質問票も用意せずに自由に語ってもらった。

slide23
Aさんのライフストーリー(資料④)
  • 小学校の頃
  • 中学校の頃
  • 高校の頃
  • 盲学校での経験
  • 大学進学後
  • 土地に付着する羞恥感情
slide24
図 時間変化と障害・障害肯定感・羞恥感情の変化との関係

        小学校   中学校    高校    大学・その後

障害変化         弱視    悪化    ほぼ全盲

障害肯定-否定感   否定                 肯定

羞恥感情         ある               ある(地元)、なし(大阪)

slide25
図からわかること
  • 障害の肯定―否定感は、障害の重症度とは連関しない(障害が重いから否定感が増すわけではないこと)
  • 否定感と羞恥感情は、それが生起する関係性とともに深い関わりがある
  • 肯定感が形成された後にも、障害にまつわる否定感・羞恥感情は再燃する
slide26
1 スティグマ経験

【宮城】

・「保守的で障害者に全然理解がなく」、「好奇の目でみる」、「かわいそうと思われる」というイメージ

・親が障害児を産んだことの自責の念

・分離教育を受けざるを得なかった

・進路の十分な情報提供がなかった

・迷惑をかける存在とみなされる

【関西】

・開放感

・障害に対しても、過度の関心を寄せない

・理解がありそう

△盲教育における常識的障害観を越境

△障害に対する否定感・羞恥感を改変

slide27
障害受容定義とAさんの比較

「障害の受容とはあきらめでも居直りでもなく、障害に対する価値観(感)の転換であり、①障害をもつことが自己の全体としての人間的価値を低下させるものではないことの認識と体得を通じて、恥の意識や劣等感を克服し、②積極的な生活態度に転ずること」

slide28
問いの答え
  • 過去の「スティグマ経験」により形成された否定感・羞恥感情は、その後、肯定的自己像が形成されても、「スティグマ経験」に起因する場や人に対するイメージが引き金になり、そのイメージが喚起される状況設定において再燃する可能性はある
  • それは本人の意志的行動を規定・限定する大きな要因となる
slide29
問われるべきは、他者・社会がもつ障害の否定観(感)

他者から付与された障害への価値付けをいかに否定から肯定へと変容させ、羞恥感情や否定感覚から自由になるか

他者による障害への否定的な価値付けという契機さえなければ生じ得なかった生の振幅

社会をも含めた他者による障害への否定的な価値付けがなければ、『障害を受容』するという、個人が行う障害への否定から肯定への変換の営みも要らない

slide31
はじめに
  • リハビリテーション領域では、「障害受容」は支援の目的となる重要な概念である。
  • 「障害受容」については、上田[1980]の定義が大きな影響力を有してきた。
  • しかし、昨今、上田[1980]の「障害受容」に対する批判がなされるようになってきた。
  • なかでも、南雲の「社会受容論」は、他者・社会のあり様に視点のシフトを促した点で画期的だった。
slide32
社会受容論の概略
  • 自己受容と社会受容
  • 社会受容問題の1つの定式化として、ゴフマンのスティグマ論を紹介
  • ハーバート・ブルーマーのシンボリック相互作用論を援用しつつ、「相互作用」において形成される「意味」が社会的アイデンティティに与える影響力を指摘

社会受容論とは・・・

  ・障害を持つ人に対する他者や社会からの「排除」を問題の主眼

  ・なぜなら、孤立化がその人に苦しみを生じさせ、適切な社会的アイデンティティの構築に支障をきたすから・社会受容の具体的実践として、自立生活センターなどの自助グループに求めた

slide33
社会受容論に対する3つの疑問
  • 疑問1:苦しみは、他者や社会の態度からのみ生じ     るものか
  • 疑問2:社会受容論における排除/受容の2項関       係では、承認や肯定の重要性が見過ごされ

      がちになるのではないか

  • 疑問3:障害で苦しむ人がいたとして、自助グループ     を形成するというような方法が唯一の解とは     ならない可能性があるのではないか
slide34
本研究の目的

社会受容論に対する

3つの疑問を検討すること

「元の身体に戻りたい」と涙する事例

 へのインタビュー結果を通して

slide35
事例紹介 野中さんと演者との関わり

野中さん(仮名、女性、54歳)

  • 夫と子どもの3人暮らし。夫が野中さんの実家の家業を継ぎ、野中さんは家族の世話と同時に、家業の経理も担当
  • 平成16年5月、左視床出血により右片麻痺を呈し、T病院入院
  • T病院外来通院におけるリハビリテーションを経て、演者の勤務する介護老人保健施設利用となる
  • 演者は、野中さんの作業療法を担当
slide36
インタビュー方法
  • インタビュー日時:退所日が近い平成17年6月28日、13時30分~15時まで1時間30分程度実施
  • インタビュー場所:当施設内の、人の出入りのない静かな一室
  • インタビュー方法:

  1) 野中さんには事前に「施設生活の不満やリハビリテーションに    関すること、障害に対する今の気持ち等、どんなことでもよいか    ら野中さんの現在の心情を聞かせてほしい」とインタビューの依    頼を行った

  2) インタビューは、特に質問票は用意せず、自由面接法により自    由に語ってもらった

  • 個人情報取り扱いに対する倫理的配慮:

  インタビュー内容の録音について、また、インタビュー内容は本人が特定できないよう加工し、学術的な使用以外には一切用いないことの説明を行い、了解を得た。さらに、草稿が完成した段階で草稿に目を通してもらい、文章内における個人情報の扱いについて、御本人の希望どおり修正を行った

slide37
分析対象と方法
  • 分析対象:

 1)「元の身体に戻りたい」と思う背景要因としての価値意識や規範意識を探るために

2)相互行為や関係性に焦点化し

 3)価値意識や規範意識に関する逐語録部分を抽出し、分析の対象とした

  • 分析方法:

  重複する内容の逐語録は、よりその内容を説明出来る逐語録を掲載、逐語録から得られた情報は、すべて記録に反映した。

slide38
インタビューの結果(資料⑤)
  • 発障前の生活
  • 脳出血を起こしたとき
  • 心情
  • 夫との関係
  • 他の利用者とのかかわり
slide39
考察1 野中さんの価値意識・規範意識
  • 「よい妻」「よい母」であるべきという規範意識が強い。
  • 「よい妻」「よい母」を実践してきた自分には自己肯定感を有している。
  • 「自分でできることがよい」-「相手に迷惑をかけることは悪い」という価値観を形成し、自己規範化している。
  • 野中さんと夫との関係は、これまで、支配―被支配的関係と言えるほど、夫の意向が優先されてきたようだ。
slide40
考察2 野中さんの心的状況       ~「価値」の内実~
  • 「~すべき(それがよい)」という価値観(価値a)は、野中さんにとって重要な他者(夫、家族)からみて自己を肯定的に位置づけ、良好な関係を形成するべく自己を形成するための自己規律装置
  • 身体状況A→Bに変化
  • 価値aは、身体Bを否定的にみる
  • 身体Bを肯定できる価値bが創出できればよいが…
  • 価値bに移行できない理由:

  ・野中さんにとって重要な他者の視点による自己の肯定性 を保障できない

  ・自己の肯定性を保障できる価値bがみあたらない

slide41
考察3 社会受容論の批判的検討1

疑問1:苦しみは、他者や社会の態度からのみ生じ     るものか

  • 野中さんの苦しみの発生要因は、他者や社会の態度や見方が直接的な原因としてあるわけではない
  • ポイントは3つ。(1)(野中さんにとって)重要な他者とのこれまでの関係のあり方、(2)関係性における行動の指針となる価値意識や規範意識の存在、(3)その価値意識や規範意識が現在の身体(能力)をどうみるか
slide42
考察3 社会受容論の批判的検討2

疑問2:社会受容論における排除/受容の2項関係では、承認や肯定の重要性が見過ごされがちになるのではないか

  • 野中さんにとって、妻や母としての役割や仕事は、自己の肯定性を保障するための手段として必要
  • 受容や参加によって苦しみが軽減するのではなく、苦しみの軽減は受容や参加の「あり方」に規定されると考える
  • 承認や肯定の観点から、受容や参加の実質を確定していくことがむしろ重要
slide43
考察3 社会受容論の批判的検討3

疑問3:障害で苦しむ人がいたとして、自助グルー     プを形成するというような方法が唯一の解     とはならない可能性があるのではないか

  • 自助グループは、 現在の身体状況を肯定できる価値を発見・創出・共有できる他者との出会いの場である可能性はあるが、その価値は、長年を経た夫婦や家族の関係のなかから生成されてきた価値とは異なるものであり、夫や家族との関係において摩擦、あるいは亀裂を生じさせる可能性がある
slide44
考察4 価値転換の困難=支援の困難

  障害受容論      社会受容論

(障害に対する)価値観を-から+にしましょう

SHG

に期待

個人の変容

に期待

方法論違い

しかし

いづれにせよ、価値転換の困難はある、というのが今回の話し…

slide46

はじめに

「障害受容」の使用に対する批判

南雲直二,1998,『障害受容-意味論からの問い-』,荘道社.

上農正剛,2003,『たったひとりのクレオール』,ポット出版.

専制的・押しつけ的

反省的態度のみで終結しない「仕掛け」があるのでは?

slide47
対象者
  • 作業療法士として臨床で働く7名
  • 選定方法:無作為に選出せず、第39回OT学会において筆者の発表に関心を持ってくださった方、養成校時代の友人、友人からの紹介により選出
  • 専門領域、経験年数が重ならないよう配慮

→人数、選出方法等鑑み、本結果が必ずしも実際の臨床を一般化できてはいない

slide49
インタビューの方法

1)あらかじめ作成した調査票を元に半構造的に実施

2)質問項目

一般情報:①現在、過去の仕事内容

        ②勤務年数、

障害受容に関して:①職場での使用頻度

             ②誰がどのように使用するのか

             ③その言葉による変化

             ④障害告知について

             ⑤「障害受容」についてどのように習ったか

slide50
分析方法

1)逐語録より、「障害受容」に関して述べられているものをすべて抜き取り、カード化

2)各事例ごとに内容が類似するカードを集め、それぞれにカード番号と見出しをつけた。

3)重複する内容のカードは省略したが、各事例のカードから得られたすべての結果を反映できるよう、文章を組み立てた。

slide54
考察

回復アプローチ

代償アプローチ

能力認識のズレ感

目的遂行の阻害感

・「専門性」の肯定化

・「専門性」の予定調和的遂行への期待感

・多様ははずの障害観が「能力」へ収束

障害観

専門性

障害受容

slide59
障害との楽な関係(障害へのとらわれから自由になる)

=『障害受容』???×

=『障害との自由』○

  • 『障害受容』と『障害との自由』の2つの異なり

:「志向性」「他性に対する(肯定的)感覚」

slide60
論点整理・まとめ

①「障害受容」そのものについて

・語感

・志向性のなかに「障害の否定性」が含まれてしまうことの違和や不快

②「障害受容」の使用法

・専門性の遂行を優位に置いていること、その位置から、専門的障害観・能力主義的障害観(障害の否定性)を対象者に内在させようとする圧力の存在

③「障害受容」の方法論・支援論

・リハのアプローチ法と「障害受容」の支援法との関係が不明確

 ・「障害受容」の支援法そのものの方法論が不明確

slide62
クライエントにとっての弊害*リハビリテーション臨床において『障害受容』という言葉が用いられるとき、「ひとの価値」が否定されてしまう
  • 理論の問題

段階理論が実際に適合しない理論

◇個人の変容にのみとらわれている

◇方法論の不明さ(資料⑦)

◇困難さ

  • アプローチ法の問題

◇2つのアプローチ法(「回復アプローチ」「代償アプローチ」)の移行が、クライエントにとって「価値の転換」を強いられるものとなる可能性

◇価値転換論の方法論が明確に示されていない

◇リハビリテーション従事者が日頃重点を置いていること

slide63
セラピストにとっての問題
  • 他性の否定の不快

・志向性のなかに「障害の否定性」が含まれてしまうことの違和や不快

  • 都合よく用いてしまうことの不快

・専門性遂行が優位に

・専門的障害観・能力主義的障害観(障害の否定性)を対象者に内在させようとする圧力の存在

★リハビリテーションのアプローチ法と

『障害受容』の支援法との関係が明確でない

★『障害受容』の支援法そのものの方法論が明確でない

slide64
学校で教えた方がよいと思うこと
  • これまでのリハビリテーション臨床における『障害受容』の使用法と、そうした方法が生じる「仕掛け」を伝達する
  • 1990年代以降、『障害受容』に関する批判的な言説、あるいは、それに代わる理論がでてきているので、それを紹介する
  • リハビリテーションの思想・パラダイムの変換可能性

(アプローチ法の操作地図の理論構築)

『障害受容』-「社会適応」概念

「他性の肯定(障害との楽な関係)」-「自由」概念

slide66
『障害受容』から「障害との自由」へ・1「できないこと」の表象
  • 「できること」「できないこと」の価値

世の中は必要な分の生産は必要⇒「できること」の位置

世の中の規則:「自分の働き分は自分だけがとってよい」

「できること」価値あり⇔「できないこと」価値なし

  • 「できること」「できないこと」の快

自分でできることの快、自分で行なうことの労力:不快

自分でできないことの不快、人にやってもらう(特権的)快

  • 「できる」から「できない」へ-生きる様式の変化-

:『障害受容』

「失われた世界」「新しい世界」:生きる様式の変化

喪失感、美醜が気になる、慣れる、発見の快

  • 「できないこと」-周囲の負担

<わたし>の負担感のために、<あなた>の「できない」を否定してしまっている可能性⇒次スライド

slide67
「手を貸さなくてはならない時、それはその周囲の人にとってたしかに負担である。誰かがどこかに行きたいとき、その人自身の力で移動しないのなら、誰か他の人が力を出さないとならない。本人でなければそれを行うのはまわりの人だから、本人ができ、その本人にやってもらった方がまわりの人は楽である。その意味でその人に障害のないことは「よいこと」である。障害があることが本人にとってよいかわるいかは定まらない。この単純な意味で、障害がないこと自体がよいとは言えないことを述べてきた。他方、周囲にとっては、(負担という点では)障害があることは確実に都合がわるく、ないことはよいことである。「本人」がこのことを隠れ蓑?に使われ、本人だけのこととされることがある。そして当人もそんな周囲から学習し、自分のことを負担に思ったりするだろう。このように実際は混じっている。だがその発祥の地はあなた方の方にある。このことをはっきりさせておこう。不愉快の源泉は、あなた方のことである(可能性が高い)のに私のことのように言うことにある」 (立岩、p66)

立岩真也 2002 『障害学の主張』「第2章 ないにこしたことはない・か 1」明石書店 pp47-87.

slide68
外在的障害観(感)と内在的障害観(感)

『障害受容』≒能力主義的な障害観(感)、外在的障害観(感)→内在的障害観(感)の否定、

  • リハビリテーション理論の問題

⇒能力主義的障害観(感)に対抗し、その人が感受する(身体)世界を肯定できる明確な基準線がない

⇒外在的で能力主義的な障害観(感)の出現と内在的な障害(身体)観(感)の末梢性

  • リハビリテーションが再生のエネルギーが動きだす糧になるには

・リハビリテーションが内在的障害観(感)、「できないこと」の肯定

・便利さ、快に役立つ

slide69
『障害受容』から「障害との自由」へ・2「個人の変容にのみとらわれること」の閉塞感
  • 価値転換論の問題
  • 閉塞感:外がとても固いために内にあるものが全く外に出ることができないような内側から見たもの。人を無力化する何か。
  • 「個人の変容にのみとらわれる」とは

外在的障害観(感)の肯定

    ↑「障害」をめぐり異なる意味世界を持っている可能性

    ↓ 「内在的障害観(感)」:世界がいまだ知らない形態・価値・様式を表示する可能性

内在的な障害観(感)の育成の阻害要因

  • 「個人の変容にのみとらわれること」の閉塞感

 :個人と世界とが、すでに在るもの同士の予定調和で結ばれたことによる閉塞感、いまだ無いものの現れによる個人と世界との交通可能性の遮断による閉塞感

slide70
未知なる他者との出会い-「べてるの家」の取り組み-
  • 安心してサボれる会社づくり
  • G&M大会
  • 清水里香さんの「べてるの家」を訪れた感想⇒次ページ
slide71
 「そのころ、母からべてるの家のことを紹介されました。もう、どこでもよかったのです。とにかく、自分のことを誰も知らない北海道の浦河まで逃げたのでした。浦河赤十字病院に来ていちばん驚いたのは、精神科を受診したとき、いきなり川村先生に誉められたことです。先生に、いままでのつらかった体験を話したとき、すごく喜ばれたのです。私はこんなに誉められたのは生まれて初めてでした。病気のことで自分が肯定されたのも初めての経験でした。いままで『幻聴が聞こえる』と言ったら全部否定されていました。『それは全部病気だから』『薬を飲んでいるの?』と、そんな話しかでてきません。浦河に来て、向谷地さんも川村先生も、なんでもうれしそうに私の話を聞いてくれます。『私はエスパーだ』と言っても、ちゃんと理解してくれているんだとわかったとき、ほっとしました。それは、私自身が誉められたというのではなく、7年間悩み苦しんでいた病気の経験を認められたような感じがしたからです。なによりも『あなたは、浦河が求めていた人材です』と言われ、自分の病気の体験が必要とされていると知ったとき、天と地がひっくり返ったように驚きました。7年間苦しんで苦しんで、誰も私の話を聞いてくれる人などいませんでした。私は、とにかくつらくて安定剤がほしくて精神科に通っていました。病院でも医師は『調子はどうなの』としか聞いてくれず、もし私が『今日は調子がいいです』と言ったものなら薬が減らされるのではないかと心配で、本当のことが言えませんでした。浦河に来て自分が受け入れられたと思ったとき、いまの自分の本当の調子を人に話しても何も変わらないという安心感を得ることができました。ここに来て自分の体験を誉められ、人とかかわるようになってようやく、自分が『自分いじめ』をしていたことに気づき、自分の病気がわかるようになりました。」(浦河べてるの家、p114)

浦河べてるの家 2002『べてるの家の『非』援助論―そのままでいいと思えるための25章―』 医学書院

slide72
「べてるの家」の取り組みには、「外在的障害観(感)」の「内在的障害観(感)」に対する閉塞性を打ち破る何かがある?
  • 幻聴「さん」:幻聴を未知なる他者とする。「外在的障害観(  

          感)」の柔軟な変容の可能性。

  • 内在-外在の交通可能性⇒清水さんは、初めて「自分の病気がわかった」という

⇒『障害受容』が求めている姿ではないか?

⇒「内在的障害観(感)」の萌芽を探し、「外在的障害観(感)」まで流通させること

   (その過程のどこかに再生のためのエネルギーが動き出す何かがある?)

⇒「障害」の未知性(他性)に出会うための自由の旅路

 : 『障害との自由』

slide73
『障害受容』から「障害との自由」へ・3「他なるもの」とは何か

田所靖二1949『胎動』新女苑.より(資料⑧)

⇒「他なるもの」:

すべてのエネルギーの根源

無力であり超越的力能、逆説的

<あなた>にも<わたし>にも居る

slide74
『障害受容』から「障害との自由へ」
  • 『障害との自由』:「他性の肯定」「他なるもの(未知性)に出会うための自由な旅路」

 内在的障害観(感)にコミット

 内在-外在の交通可能性をもつ

⇒別様の世界の感受の様式を支持、<私>や<あなた>の生のエネルギーの生起を支持

  • 『障害受容』がダメな理由

 外在的障害観(感)にコミット

 内在-外在の交通可能性が遮断

⇒障害を得た人を無力化する通路を持っている

slide75
皆さんと考えたいこと

クライエント-セラピスト関係

  • 「障害受容」を用いることについて

⇒臨床で用いる方はいるか?

  ・どのような場面で、どのように

  • 「障害受容」は目的ですか?

⇒「障害」との否定性が否定されたうえで、その関わりは「自由」ではないか。

slide76
Amazonのカスタマーレビュー(rob.tomyさん)から引用

当事者である私個人から見て、障害をどう受け止めるか、というのは重要なテーマである。 例え、理想的な、偏見や差別もない社会や友人、家族がいたとしても、 障害者自身が障害者となったことで、苦しんでいるのであれば (Identity Crisisという内面的危機という意味での苦しみ)は避けられまい。 それはケアされ、新たな自己を再生し、障害を抱えながらも明るく生きていける道を探し続けるであろうし、 医療関係者や家族や友人や社会はそれを支援するべきである。

当事者の一人としては、治療者の都合の良い逃げ口上としての「障害受容」という言葉を使って欲しくはないが、 上田氏の言う主観的障害の中核をなす「障害受容」は忌避せず向き合って貰いたい(資料⑨)と願う。 障害者となり、元には戻れないばかりか、新しい生活や自己の可能性を見いだせず、 絶望して人生を諦めている人や、死を選ぶ人たちはまさに自らの「障害を受容」出来なかったのかもしれないのだから。

slide77
リハビリテーションの意義
  • とはいえ、リハは「できること」を目指すものですか?
  • 「できること」に別の意味をもたせた支援は可能かでしょうか?
slide78
能力の回復・改善の軸をはずしたリハビリテーションの存在可能性★小川奈々・中里瑠美子2007『わたしのからだをさがして』協同医書出版社
  • 「左手が使えるようになる」とか「左足が右足と同じように動くようになる」ということは,奈々さんにとって本当の意味ではイメージできないし,本当にそうなりたいというような気持ち,感情も実はよくわからないと,あなたは言いました。それまでのわたしにとってはそれが驚きの事実と思えたし,奈々さんにとってもそうだったかもしれません。それまでわたしたちがリハビリの目標の,結果としてこうなればいいと考える現実的な結果とは「からだが思ったとおりに動くようになること,つまり麻痺を改善すること」だったし,それがわたしたちの共通目標だと思っていたわけです。でも,それは本当の意味で共通ではなかったということがわかりました。(★,p47)
  • このリハビリはお互いにとって自分探しのところがあります。発見するとそれまで不可能だと思っていたり,思いつくこともできなかったことがひとつひとつ見えてきたり,その先に進む道が見えてきたりするようです。あなたが自分のからだと心について考えることは,わたしが自分のからだと心について考えることと無関係ではないということがわかりました。お互いに自分のからだと自分のからだのことを考えながらやってきたのだと思います(★,p120)
slide79
「人間は感じるし,それに感情を抱いているし,自分というものに触れているし,自分の望むことを感じているのです。そんなに複雑な在りようから単純に動作だけを抜き取ってなんとかしようなんておかしい」(★,p82)
  • 「気持ちいいとかよくないとかいう感じ」は,すべて自分自身の内側に生じるものなのです。奈々さんはここ数年,自分のからだについて考えてきました。そして,からだを考えることは自分自身を考えることなのだとわかってきました。なぜなら,この世界の意味はすべてからだを介して生まれてくるからです。ですから,からだを考えるということは,世界の意味を考えることになるのです。自分自身の意味です。自分だけの意味です。(★,p91)
  • 「わたし自身も発見されてきたのです!わたしはあなたに向かってこうして言葉をみつけながら,実は自分と話しているところがあります。こうしてあなたと一緒に発見していくことのすばらしさを思うと,それをあなたに伝えたくなります。」(★,p92)
slide80
≪まなざし/まなざされる≫リハビリの功罪★熊谷晋一郎 2009『リハビリの夜』 医学書院
  • 「健常者の体になったことのない私のなかにある「健常者向け内部モデル」は、大雑把なプログラムである。一方の「等身大の内部モデル」のほうも、実は長いこと未完成だった。なぜなら私が自分の体によって負担の少ないやり方で動こうとするたびに、「その動き方は正しくありません!」と周囲の大人たちに介入されるために、内部モデルのプログラミングがいつも途中で終わる」★,p32)
  • 「≪まなざし/まなざされる関係≫のような状況では、うまく動けない責任を「私自身」に負わされるような焦りが生じることになる。そしてその焦りが、私の身体内協応構造を強め、悪循環へと陥らせていくのである。 運動目標を与えるために、意思や注意といった領域に介入しようとするリハビリが、かえって私の運動を脱線させたという経験をふまえると、≪まなざし/まなざされる関係≫の中でリハビリが行われることの限界を、私たちは考えていく必要があるだろう。」(★,pp70-71)
  • 「かつて「健常な動き」という運動目標をめぐって≪まなざし/まなざされる関係≫に置かれたリハビリの現場では、私はついに「私の動き」というものを手に入れることができなかった」(★,p185)
slide81
モノとの関係では・・・
  • 「規範的動きを習得できない私にとって、そのような前提は成り立たない。もう1度トイレなどのモノそのものと対峙し、相互交渉によって一から私自身の動きを立ち上げる必要にせまられるのである。人との身体協応構造から立ちあがってくる「私の運動」は、ついつい「健常な動き」へと同化させられがちなのに対して、モノとの身体協応構造から立ちあがってくる「私の運動」は、そういった同化作用から逃れやすい。人と違ってモノは、「これが普通の動き」という先入観にとらわれないからである。 だから私は人ではなく、まずモノとの交渉から「私の動き」を立ち上げていきたいと常々思っている。」(★、p163)
  • 「私は新しくなったトイレを使ってみた。 時間はかかったものの、なんとか用を足すことができた。そのときのトイレとの融和感は官能といってもいいものだった。それは、ストレッチにおける≪ほどきつつ拾いあう関係≫と非常に近いものだ。トイレは私の体に合わせて形を変えた。そして私はそんなトイレの変化に応じて自分の身体内協応構造を組みなおした。トイレと私の体は、互いに自らをほどきつつ、相手の動きを拾いあって、歩み寄ったのである」(★、p157)
  • 「すなわち、「教師あり学習」が運動や表象イメージの分節化を再生産する学習であるのに対し、「教師なし学習」は、手探りで新たな分節化を立ち上げる独創的な学習といえる」(★、p159)
  • 「一人暮らしを始めたときの私は、「教師あり学習」の成果である健常者向け内部モデルに、ぼんやりと貯蔵された「健常者がトイレへ行く」ときの運動イメージを、手本として思い出しながら動き始めた。しかしその遂行がうまくできず、身体内協応構造と内部モデルが敗北の官能を伴いながら自壊した。 手本を失い、正解の動きというものがもはや見当たらない状態となった一人暮らしの中で、便意を解消したいという思いに突き動かされて無秩序に動く私は、環境との≪ほどきつつ拾いあう関係≫に身をゆだねながら、そこにあるモノとの交渉によってオリジナルの動きと内部モデルを立ち上げていった。 これは、そのつど動きを創発させる「教師なし学習」の系列に属する。「教師なし学習」の結果立ち上げられた運動のイメージは、新たな内部モデルとして登録され、動きは徐々に熟練していく。つまりリハビリとは逆で、「つながり→内部モデルの習得」の順番になっている」(★、p161)
slide82
井口高志氏(信州大学、社会学)の問い 

  能力の回復・改善の軸をはずしたリハビリテーションの存在可能性を探るというのがこの本を書く第一の問題意識。 → この問題に対して、補遺で『私の体を探して』で行われていることを紹介することによって、「存在するよ」という答えを出している。

  •  しかし、ここで行われているのは、リハビリテーションなのか?と。<リハビリテーション=リハ専門職のやっていること>なのか?同じようなことは他の人でもできないか?できないのだとするならば、リハビリテーションとは何か?リハの理論や方法とはいったい何か?それだけ重要なものか?(取り上げられている例でいうと、認知運動療法というリハ内部の理論の理屈に依存しない形で、そうした問いへの答えが欲しい。)
  •  すなわち、この研究の後には、リハビリテーションとは何か?(国家資格を認定するような専門領域を作ってやるべきようなことなのか)という大上段の問いが待っているのではないか
slide83
「障害」とは何でしょうか?

○ロバート・F・マーフィー(辻信一訳)1997『ボディ・サイレント 病いと障害の人類学』新宿書房(資料⑩)

○星加良司2007『障害とは何か』生活書院

○熊谷晋一郎 2009『リハビリの夜』 医学書院(前出)

slide84
障害の制度的位相、非制度的位相とその関連★星加良司2007『障害とは何か』生活書院

【制度的位相】:障害者就労(差別の規範的設定、分配的正義)

【非制度的位相】:日常的な他者との営みのなかで、その身体的特徴である障害によって生じる不利益

⇒こうした社会からの否定的な取り扱いは、障害者の自己否定を増幅し、さらに、生活全般に関与する施設職員や親などの「重要な他者」による「弱者」「不完全な存在」としての扱いにより、期待に適応する形で「弱者」として自己規定するようになる

⇒意欲の抑圧、自己の幸福追求の断念⇒自己否定の悪循環⇒制度的位相の問題を悪化

⇒有償介助システム不備⇒介助関係の非対称性⇒非制度的位相の問題を悪化

制度的位相と非制度的位相は、相互に影響を与えながら、

多重的な不利益を生成する

slide86
はじめに

対象者の「障害受容」を促進することは「よい支援」であるとされる。しかし、そもそも自らの身体に「障害」が「在る」本人が、改めて「障害」を「受容」するということに不可解さを感じた。そこで、障害を有する当事者の「障害受容」に関する言説を集め、検討を加えることにした。

slide87
対  象
  • インターネット検索で得た11名の文章(資料)
  • 新舎[2003] (文献)
  • 旭[2000] (文献)
  • 障害者問題研究Vol.30No.3、特集「障害の受容と理解」のなかの6名の障害当事者の手記 (文献)
slide88
方  法

川喜田[1986] によるKJ法を参考

手 順

  • 研究の対象とした文章から「障害受容」に関する文章を抜粋
  • できるだけ1つの意味内容を持つように分節化 → 33の文章に
  • 内容の類似性からグルーピング
slide89
結 果 1
  • 「障害受容に関するもの」(17)
  • 「障害に関するもの」(6)
  • 「肯定的な障害像・アイデンティティの形成に関するもの」(5)
  • 「社会の側の問題に関するもの」(2)
  • 「医学・リハビリテーションに対する批判に関するもの」(3)

()内の数字は文章数

slide90
障害受容に関するもの(17)
  • 「障害受容」という言葉に違和感(6)
  • 「障害受容」の過程について(4)
  • 「障害受容」できない(3)
  • 「障害受容」はあきらめである(1)
  •  自分なりに再定義する文章(3)
slide91
「違和感」についての文章

「非障害者製の用語ではないか」

「4段階のプロセスとして説明されるが、そんなにきれいな経過はたどれない」

「『積極的に生きる』ことが性格の問題で解決されたら私のように『暗くて、悲観的な性格』の者は救われない」

「実は私自身が『障害受容』という用語について受容していない。抵抗感がある。正確に言えばどうもピンとこないのである。そもそも障害受容とは何なのか。障害後に生じる多様な心理状態の変化の結果、一見、障害を受け容れたかに見える状態を便宜的に形容するために研究者が恣意的に作った用語にすぎないように思える。一体障害は受容できるものなのか?受容しなくてはならないものなのか?」

slide92
障害に関するもの(6)
  • 否定でも肯定でもない文章(1)

「仕方がない、車いすでもいいや」

  • 否定的文章(4)

  「『障害』が憎い、嫌い、鬱陶しい。でもそれが個人を否定することにはならない(障害を受容や克服などできない)」

「『障害』が疎ましい。たとえ数時間でも見えるようになりたいと自分でも制御できない衝動がある(それでも妥協し順応し、与えられた条件のなかで新しい積極的な生き方を選ぶことができる)」

  「(これができ)たら、(あれができ)たら、にすがる自分がいる(障害受容の不徹底)」

slide93
障害に関するもの の つづき

肯定的文章(2)

 「(障害の受容とは価値の転換であり)障害は個性であると考えるのが良い」

「目の見えない友達といると、ふだん味わえない不思議な一体感や安心感がある。不思議な音を聞いたとき、相手もほぼ確実にその音に気付いて『あれ?』と思っている。目の見える人とだとなかなかそうは行かない。目の見えないことは、自分の大切な特徴の一部。他の多くの人にはない個性なんだなぁと、誇りに感じることさえある」

slide94
肯定的な障害像・アイデンティティの形成に関するもの(5)

「働く場と市民としての生活と権利が他の人々と平等に保障されるならば、私たちは障害者である以前に一人の人間として尊重され、生きがいを自覚できる」

「自分の障害像、自己像の形成には、他覚(他者からの評価)の提供、支えが必要」

「大学という限定された小社会とはいえ、社会的認知と評価を得たことが<力>と<自尊>に。今私はつくづく『障害をもつことは、満更でもないな』と率直に肯定観をもつことができる。単に『身体の一部に不自由さを持っているだけの私』を自覚する」

slide95
肯定的な障害像・アイデンティティの形成に関するもの(5)

「働く場と市民としての生活と権利が他の人々と平等に保障されるならば、私たちは障害者である以前に一人の人間として尊重され、生きがいを自覚できる」

「自分の障害像、自己像の形成には、他覚(他者からの評価)の提供、支えが必要」

「大学という限定された小社会とはいえ、社会的認知と評価を得たことが<力>と<自尊>に。今私はつくづく『障害をもつことは、満更でもないな』と率直に肯定観をもつことができる。単に『身体の一部に不自由さを持っているだけの私』を自覚する」

slide96
社会の側の問題に関するもの(2)

「私はなぜあれほど落ち込んだのだろうか。そこに障害者は何ら役立たずのゴミのような存在であるという私が持つ<障害者観>があり、私自身がそうした人間になってしまったのだという事実が私を落ち込ませていた。この障害者観は、長い会社員生活、特に、生保会社営業体験<会社人間>のなかで蓄積された<価値観>だと気付く。その世界の人間評価はすべて<力>が絶対条件評価で、グラフ社会における<人間観>であった」

「同じ障害を持つ仲間と接する機会も少なく、また情報も限られていたので、ノートテイクやFAXなどの代替手段を思いつくことがなかった。それは障害=マイナス要素という認識をつくらせた社会全体の在り方に原因がある」

slide97
医学・リハビリテーションに対する批判に関するもの(2)

「医者に”車椅子の生活”と予言され、周囲からは”障害を受容せよ”と言われ、先に倒れた方にまで”障害を受け入れ、感謝の気持ちを持て”と言われ、全ての方角を敵に包囲された患者は、どう立て直したらよいのか」

「リハビリテーションが思うように進まない理由、リハビリテーションの効果が十分に現れない理由を障害受容の問題にすり替えていないだろうか。われわれリハビリテーション医療に携わる者は『あの患者は障害受容していないから』という前に、自分達の治療を振り返りアプローチに不十分な点はなかったかを省みるべきではないだろうか」

slide98
まとめ1
  • 「障害受容」に違和感のある障害当事者が多い
  • 「障害」は否定的な面だけなく、他の多くの人にはない自分の大切な特徴の一部でもあり誇らしいもの
slide99
まとめ2
  • 肯定的な障害像・アイデンティティが形成された背景には、働く場、生活と権利が平等に保障された環境のなかで、他覚(他者の評価)の提供や支え、対等な関係であれる他者の存在、社会的認知や評価があった
  • 障害者、障害を否定、マイナス要素と認識する企業や社会の価値観、さらには、そうした価値を内在化した自分は、肯定的な障害像・アイデンティティの形成を阻害する要因となっていた
ad