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第三章  中世の文学

第三章  中世の文学. 中世文学の概説. 動乱の時代 1192年の鎌倉幕府の成立から1603年の江戸幕府の成立までの約四百年間を中世という。 政権の呼称といえば、鎌倉時代から南北朝時代、室町時代を経て、安土・桃山時代に及んでいる。. 中世は動乱の時代である。保元・平治の乱に端を発し、平氏滅亡、承久の変、南北朝の抗争、応仁の乱、戦国時代と、まことに息つく暇もないくらい戦乱に明け暮れた時代であった。.

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第三章  中世の文学

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Presentation Transcript


  1. 第三章  中世の文学

  2. 中世文学の概説 • 動乱の時代 • 1192年の鎌倉幕府の成立から1603年の江戸幕府の成立までの約四百年間を中世という。 • 政権の呼称といえば、鎌倉時代から南北朝時代、室町時代を経て、安土・桃山時代に及んでいる。

  3. 中世は動乱の時代である。保元・平治の乱に端を発し、平氏滅亡、承久の変、南北朝の抗争、応仁の乱、戦国時代と、まことに息つく暇もないくらい戦乱に明け暮れた時代であった。中世は動乱の時代である。保元・平治の乱に端を発し、平氏滅亡、承久の変、南北朝の抗争、応仁の乱、戦国時代と、まことに息つく暇もないくらい戦乱に明け暮れた時代であった。

  4. 動乱は、それまでの権力の中心であった貴族階級を没落させ、新しい勢力として、武士階級を台頭させた。それは、単なる政権の交替でなく、社会・経済・文化などあらゆる面での変革を意味した。しかし、いったん政権を手にしたかに見えた武士階級も、まだ不安定であった。中世の争乱の多くは、武士同士による政権争いである。行き着くところ、それは下剋上をもたらす。中世は、ついに安定した政権を持たない。中性は過渡期の時代であった。動乱は、それまでの権力の中心であった貴族階級を没落させ、新しい勢力として、武士階級を台頭させた。それは、単なる政権の交替でなく、社会・経済・文化などあらゆる面での変革を意味した。しかし、いったん政権を手にしたかに見えた武士階級も、まだ不安定であった。中世の争乱の多くは、武士同士による政権争いである。行き着くところ、それは下剋上をもたらす。中世は、ついに安定した政権を持たない。中性は過渡期の時代であった。

  5. 無常観と幽玄 • 動乱と変動は、人々に不安定を与え、そこから逃れようとして、人々は宗教に救いを求めた。こうして、新仏教と言われる法然・親鸞や日蓮や道元の仏教が、非常な勢いで武士階級や庶民の間に浸透した。仏教はあらゆる文化の源泉ともなった。日本の伝統的なものである幽寂枯淡の美とか、わび・さびとかは、禅宗を抜きにしては考えられない。

  6. 人々は、また、心の中においてだけでなく、行動においても現実から逃れようとした。彼らは山奥に庵を結んで孤独閑寂の生活を営み、多くは仏教的無常観から人生を見つめて、草庵文学と呼ばれる中世特有の文学を生んだ。「方丈記」「徒然草」「平家物語」などは、優れた無常観の文学である。人々は、また、心の中においてだけでなく、行動においても現実から逃れようとした。彼らは山奥に庵を結んで孤独閑寂の生活を営み、多くは仏教的無常観から人生を見つめて、草庵文学と呼ばれる中世特有の文学を生んだ。「方丈記」「徒然草」「平家物語」などは、優れた無常観の文学である。

  7. 貴族階級の没落は、文学の面では和歌の衰退として現れる。この時期の初めに、「新古今集」が作られたが、それは古典和歌最後の光彩であった。この集には、動乱の現実から目をそむけた唯美的な歌が多く、「幽玄」が理念とされた。しかし、現実から遊離した和歌はやがて消え去る運命にある。勅撰集の撰進も打ち切られた。それにとって代わるのが連歌である。貴族階級の没落は、文学の面では和歌の衰退として現れる。この時期の初めに、「新古今集」が作られたが、それは古典和歌最後の光彩であった。この集には、動乱の現実から目をそむけた唯美的な歌が多く、「幽玄」が理念とされた。しかし、現実から遊離した和歌はやがて消え去る運命にある。勅撰集の撰進も打ち切られた。それにとって代わるのが連歌である。

  8. 連歌は、和歌の余興として中古からすでに行われていたが、盛んになったのは中世である。それは次第に芸術化され、「幽玄」を理念とし、「新撰莬玖波集」のような準勅撰集も撰ばれたが、この連歌も中世だけで滅んでゆく。貴族化したものはすべて滅ぶというのが、この時代のさだめであるかのようである。連歌は、滑稽卑俗を旨とする俳諧連歌から近世の俳諧へと発展してゆく。連歌は、和歌の余興として中古からすでに行われていたが、盛んになったのは中世である。それは次第に芸術化され、「幽玄」を理念とし、「新撰莬玖波集」のような準勅撰集も撰ばれたが、この連歌も中世だけで滅んでゆく。貴族化したものはすべて滅ぶというのが、この時代のさだめであるかのようである。連歌は、滑稽卑俗を旨とする俳諧連歌から近世の俳諧へと発展してゆく。

  9. 動乱は、上下の交替だけでなく、地方都市の発展から庶民の文化向上をもたらした。支配権は依然として武士にあるが、優れた文化の生産者は庶民であり、描かれるのもまた庶民の姿であった。僧侶たちは、布教の手段として多くの説話集を作っているが、そこにとらえられているのは、庶民の心であり生活である。動乱は、上下の交替だけでなく、地方都市の発展から庶民の文化向上をもたらした。支配権は依然として武士にあるが、優れた文化の生産者は庶民であり、描かれるのもまた庶民の姿であった。僧侶たちは、布教の手段として多くの説話集を作っているが、そこにとらえられているのは、庶民の心であり生活である。

  10. 狂言は、庶民の感情を移していると言われる。それに対し能楽は、貴族的世界への憧憬が著しいと言われる。能楽も連歌と同じく「幽玄」を理念とした。中世は、中古の「もののあわれ」の理念を発展させて「幽玄」に深めつつ、近世の「さび」へとつないでゆく。狂言は、庶民の感情を移していると言われる。それに対し能楽は、貴族的世界への憧憬が著しいと言われる。能楽も連歌と同じく「幽玄」を理念とした。中世は、中古の「もののあわれ」の理念を発展させて「幽玄」に深めつつ、近世の「さび」へとつないでゆく。

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