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福島県と東京都

福島県と東京都. 飯舘村. 村の特徴 飯舘村は、阿武隈山系北部の高原に開けた豊かな自然に恵まれた美しい村。 平成の大合併時にも独自の道を選び、自立自給の村づくりを進めてきた。 スローライフならぬ「まで い ライフ」が村づくりのキーワード(までい:手間を掛ける、手を抜かないの意味。真手) 標高が高くたびたび冷害に見舞われてきた村では、米作中心から 20 年以上かけて飯舘牛というブランド肉牛を育ててきた。村内には 3000 頭以上の牛がいる。その餌も大半は牧草、稲わらや飼料用トウモロコシを自給する。 有機農業を手掛ける篤農家も多い。至るところに「までい」精神が行き渡っている.

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Presentation Transcript


  1. 福島県と東京都 飯舘村

  2. 村の特徴 • 飯舘村は、阿武隈山系北部の高原に開けた豊かな自然に恵まれた美しい村。 • 平成の大合併時にも独自の道を選び、自立自給の村づくりを進めてきた。 • スローライフならぬ「までいライフ」が村づくりのキーワード(までい:手間を掛ける、手を抜かないの意味。真手) • 標高が高くたびたび冷害に見舞われてきた村では、米作中心から20年以上かけて飯舘牛というブランド肉牛を育ててきた。村内には3000頭以上の牛がいる。その餌も大半は牧草、稲わらや飼料用トウモロコシを自給する。 • 有機農業を手掛ける篤農家も多い。至るところに「までい」精神が行き渡っている • 総面積230.13キロ平方メートルの約75%を山林が占めた地形は比較的なだらかで、北に真野川、中央に新田川と飯樋川、南部に比曽川が流れその流域に耕地が開かれ集落を形成している。 • 年平均気温は約10度、年間降水量1,300mm前後で高原地帯独特の冷涼な気候。 • 飯舘村は、大地震まで「日本で最も美しい村」連合への加盟を始め、「持続可能な村」を目指して、菅野典雄村長のもとで意欲的な取り組みを続けてきた。 • 飯舘村の取り組みを紹介した本「までいの力」が福島県のSEEDS出版から発行され、話題となっている。

  3. 飯舘村の歴史

  4. 飯舘村の農家数

  5. 平成22年度一般会計 東京都と飯舘村

  6. 東日本大震災後の出来事

  7. 村の方針=2年以内の全村民帰村 「までいな希望プラン」

  8. 日経新聞による菅野村長インタビュー(2012年3月5日)日経新聞による菅野村長インタビュー(2012年3月5日) ――避難区域再編後は、いよいよ除染作業も本格化する見通しだ。  「原発周辺地域の除染は国主導だが、どこまで下げるという数値目標がなく、やり方の甘さも感じる。除染作業に7月ごろから本格着手するというのも遅すぎるように思う」  「10分の1でいいから村にも除染を任せてほしい。各地区への説明など、国が直轄でやるよりも円滑に進む側面もあるし、村民自らが除染にかかわることで『自分たちの手で村をきれいにしている』と復興への活力にもなる」 ――今後、村役場の帰還や「帰村宣言」のタイミングについての考えは。  「避難区域の再編で、村の一部に居住可能の方向性が示される可能性はある。だが村の3分の2程度が居住可能にならなければ、村役場を含めた『帰村』の宣言には早すぎるのではないか」  「若い村民などで、早期には帰村しないという選択をする人も少なくないだろう。だが幸いにも飯舘村からの避難住民の多くは、福島市など村から1時間以内の圏内にまとまっている。たとえ村内への帰還には時間がかかっても、村のつながりは保ちやすい環境にあると思う」 ――早期帰村にこだわらず「新天地での再出発」を求める意見もある。  「村として早々と帰村をあきらめることはあり得ない。自分たちで道を切り開こうとする姿勢を取らなければおかしいし、恥ずべきことと思う」  「一方でもちろん、『帰れない』という選択をする村民を切り捨ててはいけない。帰村しない村民もしっかりとフォローする復興ビジョンを描き、実行していくことが大切だ」

  9. 村の方針への疑問 参考: http://space.geocities.jp/iitate0311/decontamination.html http://www.janjanblog.com/archives/64322 (※負げねど飯舘!!メンバーへのヒアリングから構成されたJBPRESSの記事、および長谷川健一氏の言葉より再構成) 【除染への疑問】 • 国は第2次補正予算の予備費として2200億円を用意したが、それを全て飯舘村に投入したとしても足りない。なお、2200億円は飯舘村のためだけに用意されたものではない。 • 飯舘村は広い。総面積230.13キロ平方メートル、その約75%が山林。(東京都23区面積が621km²) • 山林に囲まれた飯舘村は、その谷間、山々に見下ろされるように活動域が位置している。 • 除染に対して疑惑的な目を向ける村民は多い。 • 宅地部を除染したとしても、山林の除染が進まなければ、見上げる山々から除染されていない物質が来るのではないかという不安がある。除染試験踏まえ、この広域で険しい山林を除染できるのか、というのが除染に対し懐疑的になる最大の理由である。 • 山林において、飯舘村の目指す1mSv/yを達成する為には、筆者の私見だが、すべての木を伐採し、落ち葉を拾い、山を3~4cm削るしかないのではないかと思われ、実現に疑問の声が上がるのは当然であると感じられる。 【行政への不信】 • 相馬市、新地町、南相馬市鹿島区は、その配水量の79.7%を、飯舘村を水源とする真野ダムの水でまかなっている。 • 飯舘村へ最初に、そして最も大きな被害をもたらしたのは3月15日であるが、水道水の測定は3月20日、厚生労働省が飯舘村に対し水道水を飲まないように要請したのは3月21日未明であり、その間、村民はもちろん、南相馬からの避難者に対しても水道水が利用されていた。 • 飯舘村では当初、健康には全く影響がない、作物も水で洗えば食べられる、避難する必要も無いという説明集会が開かれた。最後の集会の翌日、計画的避難が発表されるなど、一連の行政対応に強い不信感がある。 • 一部生活地域のみが除染され、それを名目に、村の大部分が除染されないまま帰村を迫られるのでは無いかという不安もある。 • (昨年11月)皆、見ています。線量計のモニタリングポストを一生懸命洗っているわけです。下は全部、除染した。モニタリングポストの下の土、全部取っちゃって入れ替えをしたと。そういうことなんです。 • 3月下旬に京都大学の今中哲二(京都大学原子炉実験所)教授のグループが飯舘村に入って全部、つぶさに線量を調べた。村長はそれに対して「このデータ、絶対、公表しないでくれ」とそういうばかりか、この線量のなかで飯舘村で生活できるすべはないか、逆質問されたということです。彼らはそれはありえないと申し上げたそうです。村長さんも涙を流しながら彼らに向かって訴えたと。

  10. 【農業への不安】 • 農業については、作付けが禁止されている現状、あるべき収入は賠償対象になる。しかし、安全性やブランドの観点から、新しい土地への移住、代替農地 を希望する場合、その買い上げについての受け口は現状、無い。 • 「除染を行ったのだから農地としては復旧した」という論法の場合、数値上は復旧しても、その 農家の希望通りなっているとは言えない。 • 「村ではもう農作物を作れない、作らない」と発言する農家もいるが、帰村を選択せず買い上げが行われなかった場合には、避難先での家賃と村内の住宅ローン、農機具等のローン等、多重債務を抱えるケースが発生する。買い上げ・代替地が無いままに希望を実現させる為には、手持ちの資産を寝かすことを余儀なくされ、別途購入費用を自分で用意するしかなくなる。 【帰村を希望する村民】 • 反面、帰村を強く希望する住民もおり、積極的な除染作業も期待される。 • 「村が元のようになる」「線量が下がる」「以前の綺麗な飯舘村になる」ことを村民が切望していることは、言うまでもない。 【高齢化の不安】 • 宅地のみの除染が計画通り2年で行われた場合、住民、特に若い世代や幼子を抱える世帯が帰村するかは分からない。 • 高年齢者には放射能の影響が少ないことは、ある程度共有できる知識だと思うが、仮設住宅住まいにおけるストレス等と勘案し、早期帰村を実現させる必要もある。 • この点に関し、帰村するのは高齢者ばかりになり、若い人が戻らず、結局村の存続は難しいのではないか、という意見もあった。 【ネオ飯舘の提案】 • 対策として、広域収容、第二の 飯舘村を作る、という案もあり、ある党から村へ申し入れはされたものの、村からこの案に対しての返答や意見は見ていない。 【意見集約の難しさ】 • 飯舘村村民の避難は3割が仮設住宅、7割が借り上げアパート等であり、連絡ひとつとっても容易ではない。各自治体からの支援、イベント等の連絡すら行っていないケースも見受けられる。この状況下で、村民の意見の集約は極めて難しいと思われる。

  11. 「負げねど飯舘!!※」による村民集会時アンケート結果(2011年10月4日)「負げねど飯舘!!※」による村民集会時アンケート結果(2011年10月4日) ※負げねど飯舘!!:飯舘村の若手有志による活動 (目的) ・長期にわたり子どもの命と健康を守っていくこと/村民の健康管理 ・補償・賠償のため、また飯舘村が忘れられないよう、声をあげ続けていくこと ・村民がもとの飯舘村に戻れるまでの心の拠り所としての存在となること

  12. 阪大平川先生チームによるヒアリング • 補償問題について主張し続ける当事者に対して「ゴネてる」とか揶揄する世論がふつふつ出てくることが懸念 • 自分たちにも理があるのか、第三者の目から判断してほしい • 国も福島県も飯舘村も取り付く島もなく、八方ふさがりの状態で、危機感プラス疲弊感が大きい • 汚染度は高く、かつての「飯舘」ブランドの付加価値はなくなり、むしろ産地として避けられる。仮に汚染度の低いところがあっても、イメージは失墜してしまった。 • これでは農業はやっていけない。特にIターンで来た人は、移住して新たに始めたい。しかし新たに始めるにはお金がいる。 • 移住しても問題はある。村の生活は、貨幣収入が低くても豊かに暮らせるものだったが、他の地域ではそうはいかない。 • 最近は現村長のテコ入れでブランド化を進めていた。 • 村長は村おこしに尽力した、やり手経営者という感じ。 • これまで村おこしに関わった村外のさまざまな人々からも「移住も選択肢に」などの進言があったが、受け入れられていない。 • 村外で長く飯舘村に関わっている人などが、「までぇな避難村」のアイデアを提案してみたが、受け入れられていない。 • 「までぇな避難村」は、別の場所に移住して村を作り、30~50年暮らすと言うアイデア。 • 不安なお母さんたちが多い。県立医大が信じられなくなっている。 • 甲状腺のしこりが出ても、それ以上検査してもらえない。2年後で良いと言われる。 • 村長は村民の意向調査をやろうとしないので、村長派でない人々の割合がどのぐらいあるかわからない。 • また、反対意見があっても近所の目があるので表明しないだろう。 • 村民の中には、子どもが小学生で逃げたかったが、村が招いた専門家による「安全だ」という説明を聞いた舅から反対されて、避難が遅くなった人もいる。 • 避難でバラバラになってしまい、村会議員も村民のリアルな声を聞けなくなっている。 • 政府はお墓を除染しない方針。これはどの村民からも反感をかっている。村はまだ土葬が許され、村民にとってお墓は大事な存在。 • 除染して保管したところから、川に汚染が流れ込んで、下流の南相馬市の井戸水に出るのではないかと村民は心配している。(しかし保管場所に関わらず、山や大地から流れ込んでしまう)

  13. 「汚染地域の農業再生は成るか」抜粋 農林金融2012年02月号(第65巻第2号 通巻792号)

  14. リファレンス P1CraftMAP(http://www.craftmap.box-i.net/)により作成 P2 右図は福島県農業振興公社(http://fnk.or.jp/farm/index.html)の「売却農地情報」ページより。左図は福島県自動車税住所変更申請ページ(http://www.pref.fukushima.jp/zeimu/tax/mail/index.html)より。 P3Wikipedia「飯舘村」より(http://ja.wikipedia.org/wiki/飯舘村)。市町村データは、「ふくしま・ふるさとUIターン」(http://fui.jp/info.php?id=h13)の「市町村別詳細データ・飯舘村」。 P4Wikipedia「飯舘村」より(→P3) P5 飯舘村ホームページ各課情報「平成22年度の目標及びその達成に向けた活動計画」(http://www.vill.iitate.fukushima.jp/groups/nougyou/jousetsu/H21_keikaku.html)より P6 飯舘村会計状況は「広報いいたて」2011/1/25号。東京都会計状況は「東京都の決算情報」http://www.kaikeikanri.metro.tokyo.jp/kessan.htm P7Wikipedia「飯舘村」より(→P3) P8 経産省ホームページ(http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/20120401map.pdf) P9 経産省ホームページ「警戒区域及び計画的避難区域における広域モニタリング結果の公表について」(http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/20110901.html)別紙12-1 P10 飯舘村震災関連情報サイト「村からのお知らせ>村が提出した要望書・提案書・協定書・プラン等を公表します(2012年2月16日更新)」より(http://www.vill.iitate.fukushima.jp/saigai/?p=1406)「までいな希望プラン」 P11-P13 同「いいたて までいな復興計画⑥」 P14 日経新聞2012年3月15日 P15-P17P15掲載ブログ等より構成・引用 P18 大阪大・平川秀幸准教授より許可を得て掲載 P19 農林金融2012.2「談話室 汚染地域の農業再生は成るか(福島大学 理事・副学長 清水修二)」(http://www.nochuri.co.jp/periodical/norin/contents/2012-02.html)より

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